2008年 11月 04日
11月3日 |
結局E2キャラは『リリカ』と命名。とりあえずFTにしてぼつぼつ育てております。まだまだ面白いようにレベルがあがるので笑いがとまらないよなー、なんて思ったいたのもつかの間、45近辺から、だんだんあがりにくくなってきた。50になればまた変わってくるだろうな。ただ、テクがともなっていないので、こればかりは地道にやるしかないなぁ。
今日はラディーガが11になった。これだけでもずいぶんちがう。めでたい。
しばらくは雷獣とヴィヴィアンを行ったりきたりして、ディーガあげていこう。
や、それよりも早くノスディーガを手に入れたいんだけどなあ。フラグメントがありません。
なんていっているうちが一番楽しいのだよな。
うん。
追加ディスクについてちょっと思うこと。
ンコたんのところにもちょっと書いてあったけど。
追加ディスクって、きっとシステムを変えるほどのものではないだろうから、ネタが尽きた感のあるゲームのカンフル剤みたいなものになるんだろう。とすると、きっとアイテムが追加とかって形で出てくると思うんだけれど、それでどうにかなるものとはとても思えない。だいたい今のPSUの行き詰まり感(あくまでも主観的なものだけど)っていうのは果たしてそういうところにあるんだろうか。
システムや運営の問題、って言ってしまっては身も蓋もないけど、6年かけましたってわりに、運営サイドがこのゲームをどれだけ大事にしているだろうかって、ちょっと最近わからなくなってきた。PSUという世界をもう少し大事にてほしいというか、PSUとはどういう世界観を持ったものなのかっていうのを運営サイドはもっと考えるべきだったんじゃないか。運営と、ユーザーとがそれとなく「こういうもの」といった感じで世界観を共有できるかどうかというのは、ゲームが深まりを持っていくのにはとても大事だろう。最初から深みのあるゲームにするのは難しいだろうし、オンラインの強みは(ハード的な制約はあるとしても)、アップデートはできるわけで。
もちろん運営だけの問題でなく、ユーザーサイドの問題もあるだろう。ユーザーの希望が世界観を壊すことだって少なくないわけだから、いちいちを畝井のせいにはできない部分はある。そこを含めて舵を切るのは運営の仕事ではあるけれど、それはとても難しい(経営的な問題もあるだろうから)。そうするとやはりここで大切になるのは、このゲームをどういうものとして運営が考えるかだ。作品としてか商品としてかということも含めて。
もちろん商品であるので、あまり作品として語るには適切でない部分もあるのだろう。だけど、最終的に運営の方針をどうやっていくのかとか、どういうシステムを作っていくのかということは、製作サイドのPSU世界に対する思い入れとか、愛情とかそういうものをひっくるめた、作品としてのPSU観じゃないのかなあ。なんだろう、世界の一貫性とでもいうのか。「PSUとはかくありき」というか。そういう線引きのようなもの。
ただ、そう考えた時、PSUの世界観てなんだろうなーってわからなくなってしまう。
いろんな物語はある。いろんな要素もあるだろうとは思うけど、
じゃあ「これがPSU」というのはなんだろうと。
そもそもプレイヤーは「ガーディアン」なわけだけれど
ゲームの中で自分がガーディアンだと感じる機会ってほとんどないんじゃないか?
それって、運営とユーザーが世界観を共有し損ねている端的な例だと思う。
それは共有できないほど世界が広いのか、共有できる部分がないのか。
それはわからないけれど。
ZEROの方は外部スタッフいれて、ずいぶん面白そうになってるみたいだし、
ポータブルだって決してわるくなかった。色々楽しめる要素があってね。
外部スタッフが入ることで、変わってしまう部分もあるだろう。
でも、PSUをこのまま拡張したって、先は見えているような気がする。
追加ディスク出すなら、いっそ一からPSUを作り直すのはどうだろう、と思う。
私はやったことないけれど、EP2が出たときには1からやり直しだったわけで、
それでもユー^ざーはついてきたわけだ。
今また同じように行くかはともかくとして、そういうのもいいんじゃないかとは思う。
ここまで書いて、なんだかんだと自分はPSUが好きなんだなあと思う。
でも、ときどきPSOが恋しくなる。もう戻るつもりもないけれど。
そんな思いをしなくてすむほどの世界がPSUで作れたらいいのになあ。
そんなことばかり考えている。
今日はラディーガが11になった。これだけでもずいぶんちがう。めでたい。
しばらくは雷獣とヴィヴィアンを行ったりきたりして、ディーガあげていこう。
や、それよりも早くノスディーガを手に入れたいんだけどなあ。フラグメントがありません。
なんていっているうちが一番楽しいのだよな。
うん。
追加ディスクについてちょっと思うこと。
ンコたんのところにもちょっと書いてあったけど。
追加ディスクって、きっとシステムを変えるほどのものではないだろうから、ネタが尽きた感のあるゲームのカンフル剤みたいなものになるんだろう。とすると、きっとアイテムが追加とかって形で出てくると思うんだけれど、それでどうにかなるものとはとても思えない。だいたい今のPSUの行き詰まり感(あくまでも主観的なものだけど)っていうのは果たしてそういうところにあるんだろうか。
システムや運営の問題、って言ってしまっては身も蓋もないけど、6年かけましたってわりに、運営サイドがこのゲームをどれだけ大事にしているだろうかって、ちょっと最近わからなくなってきた。PSUという世界をもう少し大事にてほしいというか、PSUとはどういう世界観を持ったものなのかっていうのを運営サイドはもっと考えるべきだったんじゃないか。運営と、ユーザーとがそれとなく「こういうもの」といった感じで世界観を共有できるかどうかというのは、ゲームが深まりを持っていくのにはとても大事だろう。最初から深みのあるゲームにするのは難しいだろうし、オンラインの強みは(ハード的な制約はあるとしても)、アップデートはできるわけで。
もちろん運営だけの問題でなく、ユーザーサイドの問題もあるだろう。ユーザーの希望が世界観を壊すことだって少なくないわけだから、いちいちを畝井のせいにはできない部分はある。そこを含めて舵を切るのは運営の仕事ではあるけれど、それはとても難しい(経営的な問題もあるだろうから)。そうするとやはりここで大切になるのは、このゲームをどういうものとして運営が考えるかだ。作品としてか商品としてかということも含めて。
もちろん商品であるので、あまり作品として語るには適切でない部分もあるのだろう。だけど、最終的に運営の方針をどうやっていくのかとか、どういうシステムを作っていくのかということは、製作サイドのPSU世界に対する思い入れとか、愛情とかそういうものをひっくるめた、作品としてのPSU観じゃないのかなあ。なんだろう、世界の一貫性とでもいうのか。「PSUとはかくありき」というか。そういう線引きのようなもの。
ただ、そう考えた時、PSUの世界観てなんだろうなーってわからなくなってしまう。
いろんな物語はある。いろんな要素もあるだろうとは思うけど、
じゃあ「これがPSU」というのはなんだろうと。
そもそもプレイヤーは「ガーディアン」なわけだけれど
ゲームの中で自分がガーディアンだと感じる機会ってほとんどないんじゃないか?
それって、運営とユーザーが世界観を共有し損ねている端的な例だと思う。
それは共有できないほど世界が広いのか、共有できる部分がないのか。
それはわからないけれど。
ZEROの方は外部スタッフいれて、ずいぶん面白そうになってるみたいだし、
ポータブルだって決してわるくなかった。色々楽しめる要素があってね。
外部スタッフが入ることで、変わってしまう部分もあるだろう。
でも、PSUをこのまま拡張したって、先は見えているような気がする。
追加ディスク出すなら、いっそ一からPSUを作り直すのはどうだろう、と思う。
私はやったことないけれど、EP2が出たときには1からやり直しだったわけで、
それでもユー^ざーはついてきたわけだ。
今また同じように行くかはともかくとして、そういうのもいいんじゃないかとは思う。
ここまで書いて、なんだかんだと自分はPSUが好きなんだなあと思う。
でも、ときどきPSOが恋しくなる。もう戻るつもりもないけれど。
そんな思いをしなくてすむほどの世界がPSUで作れたらいいのになあ。
そんなことばかり考えている。
by ihathesa_PSU
| 2008-11-04 12:15
| PSU Life